タイにおける商事仲裁のあらまし

タイにおける商事仲裁のあらまし
(秘密審理、1審制、強制執行可能

2020年12月22日 元田時男

1.仲裁の意義

 仲裁とは、当事者双方が特定の仲裁機関と仲裁規則を合意し、仲裁人による仲裁判断に双方が服することを合意することにより紛争を解決する制度であり、国の権力により行なわれる裁判とは以下の点で大きく異なり、貿易、合弁契約など国際間の商事紛争に利用されている。
            (1)双方の合意で専門家を仲裁人にすることで、迅速公平である。

            (2)審理は全て非公開であり、企業秘密を守ることができる。

            (3)裁判の3審制と異なり1審制であり、迅速に結果が得られる。

            (4)手続きが簡素、迅速であることから費用を安く抑えることができる。

            (5)仲裁の判断は執行力があり、裁判と同様の結果が得られる。

 仲裁判断の執行力について、日本の場合、仲裁法45条、46条で、後述するように仲裁判断に従わない場合、裁判所によって履行が強制される。
一方、タイにおいては、2002年仲裁法において、日本と同様強制執行が保証されている。

2.タイと日本の仲裁機関

 タイには広く知られている商事仲裁機関としては、バンコクに商事仲裁を行う機関として以下の3機関がある。

(1)タイ
1)The Thai Arbitration Institute
541-2295th Floor, Criminal Court Building, Ratchadapisek Road、 Chatuchak, Bangkok 10900
Tel: +66 (2) 541-2298-2 、Fax: +66 (2) 512-8436:

2)Thai Arbitration Center
689 Bhiraj Tower 26th floor Sukhumvit Rd,Khlong Tan Nuea, Watthana Bangkok 10110:TEL +66(0)2018 1615、
ここは、最近設立された機関である。

3)Board of Trade(BOT)
The Thai Chamber of Commerce and Board of Trade of Thailand
150/2 Rajbopit Raod, Watrajbopit, Pranakorn, Bangkok 10200, Thailand
Phone: +662-018-6888 Ext. 4210 / +662-622-2183
Fax: +662-225-5475

(2)日本では国際的な商事仲裁を行っている機関は一般社団法人日本商事仲裁協会(The Japan Commercial Arbitration Association)が広く知られており、東京のほか大阪、神戸、名古屋、横浜に事務所を置いている。
後述するように、仲裁契約には仲裁機関と仲裁規則を合意しておく必要があるので、それぞれの仲裁規則を取り寄せておかねばならない。それは各機関のウェブサイトで公表している。

3.仲裁契約とは(仲裁人に紛争解決を委託する契約) 

 双方の合意によるものであるから、貿易、合弁、技術契約に仲裁条項を入れておくことが必要になる。その場合、大事なことは、仲裁場所とどこの仲裁ルール(民事訴訟法のようなもの)を使用するかをあらかじめ特定して合意しておくことが必要である。

よく、契約書に、紛争が起きた場合は仲裁に付するとだけ記入してあるのを見るが、これでは、紛争が起きたとき、どこの国で、どこの仲裁機関に仲裁を付託するかで、改めてもめなければならない。日本側は日本での仲裁を望むであろうし、タイ側はタイでの仲裁を望むであろう。

どちらにするかは、契約時の力関係でも決まってくるが、大きな契約であれば、第3国の仲裁機関を合意することもある。また、被告が日本側の場合、日本で、タイ側である場合はタイでという合意もある。

4.タイの2002年仲裁法

 タイには、すでに1987年に制定された仲裁法があったが、2002年に改訂された。これは、国連の国際取引法委員会(United Nations Commission on International Trade Law:

UNCITRAL)が1985年に採択したモデル法に則って改正されている。さらに、外国人の仲裁人を依頼しなければならないこともある。外国人職業法(勅令)では、法律サービスは外国人には禁止されているのであるが、仲裁については例外となっているほか、仲裁法が2019年に改正され、外国人の仲裁人の入国、仲裁人としての就労の許可の基準が明確になっている。

 以下、2002年仲裁法の概要を見てみる。

(1)仲裁契約

 前述の通り、仲裁は当事者の合意に基づくものであり、本法では第11条で、そのことを明確にしている。また、基本契約の中に仲裁条項を入れても、別途の仲裁だけの契約を行なっても同様の効果を与えている。また、文書による合意であることを求めている(11条)。

(2)仲裁人 

 仲裁は、当事者双方が合意する単数、複数の仲裁人により行なわれるが、本法では奇数の人数とすることを原則とし、当事者が人数を合意できないとき、仲裁人は1名と規定している(17条)。

 仲裁人は紛争当事者のいずれにも偏らない中立的で独立していることが求められ、不服がある場合、裁判の場合の裁判官忌避と同様、仲裁人忌避の規定も設けられている(19条)。

(3)仲裁手続き

 仲裁は、あくまでも当事者の合意に基づくものであるから、その手続きの詳細、つまり民事訴訟法に当る仲裁規則も当事者の合意によって選択される。そのため、日本の(社)日本商事仲裁協会、タイのThai Arbitration Institute、Thai Arbitration Center, BOTそれぞれが仲裁規則を定めているので、どこの仲裁規則を使用するかも、仲裁契約に盛り込むのが通常である。

タイの仲裁法においては、当事者の自主的な合意が優先する当事者主義がとられているが、当事者が合意をしていない場合について、基本的な手続きを定めている(25条―37条)。

 例えば、当事者が特定の国の法律を準拠法として定めていない場合、タイの法律に従うこと(34条)、仲裁の途中に和解したときは、和解の合意は仲裁判断と同様の効果を有すること(36条)、仲裁には当該業種の商慣習を考慮すること(34条)、仲裁判断(判決)は仲裁人の多数決によること(35条)などである。

(4)仲裁判断に対する不服申立て

 仲裁手続きには、本来裁判所は関与しないのが建前であり、かつ、仲裁は一審制度で、上訴はないのであるが、仲裁が不平等な方法で行なわれたなど、本法が指定する特別の場合については、裁判所に対して仲裁判断の取消しを申立てることができることになっている(40条)

ここで、タイの仲裁法を管轄する裁判所は、1996年に制定され、97年12月に発足した「知的所有権・貿易裁判所」と定められている(9条)。

(5)仲裁によらないで裁判所に提訴した場合の取扱い(妨訴抗弁)

 本法では仲裁の性格上、あくまでも当事者の合意に基づく仲裁による紛争解決を前提にしているので、当事者の一方が、仲裁契約があるにもかかわらず裁判所へ提訴した場合、もう一方の当事者は、法律による期限内に訴を取り消すよう裁判所へ異議を申し立て、裁判所も仲裁契約が無効でない限り、提訴を却下しなければならないと定めている。この異議申立ての権利を専門語では「妨訴抗弁」と称している。

(6)仲裁判断の執行

 仲裁判断の結果、例えば一方の当事者が損害賠償することが決められても、当該当事者が従わない場合、仲裁判断の効果はないことになるが、これについては、本法では、管轄の裁判所に申立てた場合、裁判所により執行されることが規定されている。外国で行なわれた仲裁判断でも、タイが加盟している国際条約に合致するものであれば執行を認めている(41条)。

これについては、1958年6月にニューヨークで作成され、1959年6月に効力が発生した「外国仲裁判断の承認および執行に関する条約」、通称「ニューヨーク条約」があり、日本もタイも加盟している。タイの1987年仲裁法も、このニューヨーク条約に沿うものであったが、当事者のいずれかがタイ国籍者である場合に限っていた。しかし、2002年法では、この制限を外している。

日本の場合は、国内法である仲裁法45条、46条において、仲裁判断の執行を認めているほか、ニューヨーク条約加盟国であることから、外国で行なわれた仲裁判断の執行も認めている。

(おわり)