タイにおける小切手の注意点(不渡りを出したら刑事罰)

タイにおける小切手の注意点(不渡りを出したら刑事罰)

2021年2月22日:元田時男

 

1.小切手の形式

 小切手は世界的にも流通するものであるから、それが小切手としての役目を果たすためにどのような形式にするかは、世界共通のものとなっている。例えば、日系企業が使用しているタイの小切手用紙はタイ語と英語の両方で印刷されているので、タイ語の読めない日本人でも容易に理解できるが、法律的な部分は別問題である。 

タイの場合は、日本と形式は異なるが、民商法典の987 条から1005 条までに規定があり、日本の小切手法とほぼ同様のことが定められているがタイ特有の規定もある。従って日本の小切手に慣れている者でも、タイ特有の問題については理解しておかなければならない。タイ日系企業の責任者は、経理部の経験がない人も多く、赴任しても引継ぎが小切手まで触れられることは期待できないのに、直ぐに支払いのための署名を経理担当者から要求され、言われた通りに署名して、後になって問題を起こすという例も散見されるので、赴任前に経理部に行って勉強することが必要であろう。

2.小切手の種類

 理論的には色々な種類分けができるが、実務的に知っておかねばならないことは、「持参人払い」と「記名式」であろう。持参人払いは、振出人は特定の宛先を記入していないので、その小切手を所持している者に銀行は支払うことになる。ここで注意しなければならないのは、支払い先の会社の集金人にうっかり持参人払いの小切手を振出すと、集金人に悪意があれば、自分で支払いを受けて会社に入金しない恐れがある。従って、支払いは全て記名式として、支払い先の会社名を記入しておくことが肝要となる。タイの場合、小切手の様式は日本と異なり左肩に英語ではPay toと印刷された部分があるので、その横に支払い先の会社名を記入しておけば記名式となり、何も記入しなければ持参人払いとなる。ただし、Pay to の後に空白があり、行の最後にor bearer(持参人)と印刷してある。その場合、銀行の支払い先は、記名された会社または持参人となるので、完全な記名式とするためにはor bearerを、英語もタイ語も線で抹消しておくことが必要となる。

もう一つ重要なことは線引小切手とそうでないものである。線引小切手とは小切手の左肩に斜めに2本の平行線を記入したもので、線の間に何も記入しないか、& CO とかPayee’s Account Only とか記入してある。線引きの場合は受取人の銀行口座へ入金され、そのまま現金で支払われることはないので、小切手を紛失した場合、悪意の受取人を探し易いということがある。従って、銀行から小切手帳を貰ったら、使う前に全部に線引きをしておき、or bearerを末梢しておくことが肝要である。こうしておけば小切手を紛失した場合でも受取人の特定がし易いことになる。

2本の平行線の間に特定の銀行名を記入したものは特定線引と称され、支払いを要求された銀行は特定された銀行に限って支払いに応ずることになっている。受取人はその特定された銀行を通して自己の口座で受取ることになる。本欄の内容は日本もタイも同様である。

3.小切手の呈示期間

小切手は一定期間内に銀行(支払人)に対して支払いを要求すること(呈示)が求められている。日本の場合は、日本国内で振出されたものであれば、振出日から10 日以内となっている。ただし、10 日を超えると不渡りになった場合に遡及権(振出人または裏書人に対する請求権)がなくなるというだけで、振出人から支払委託の取消しを受けない限り振出日から6か月以内であれば銀行は支払うことになっている。

タイの場合は、呈示期間は、民商法典990条により、振出地と支払地が同一地方の場合は振出日から1ヶ月以内、異なる地方の場合は3ヶ月以内となっており日本より随分と期間が長い。現在のように銀行のネットワークが整備されていなかった時代の名残であろう。民商法典の小切手

 同一地方(タイ語原文:ムアング)とは同一県と解されているが、バンコクに近い県の場合、銀行では同一県と同じに扱っている銀行もあるので(大手銀行2行で確認)、注意しなければならない。いずれにしても不渡りの危険を考慮すれば、受取ったら速やかに支払銀行に提示することが望ましい。

前述の提示期間を超えると日本と同様、遡及権がなくなるが、銀行は支払うに充分な預金があり、振出日から6ヶ月を経過していない、小切手の紛失、盗難届がない限り支払いに応じなければならない(民商法典991条)。つまり振出日から6ヶ月を経過すると銀行は支払いに応じないことができるのである。また、支払委託の取消しがあった場合、振出人の死亡を知った場合、裁判所が資産の仮処分、破産宣告または同様の宣告を行ったことを知った場合、銀行の支払義務は終了することになっている(民商法典992 条)。日本ではタイと異なり振出値人の死亡、能力喪失については、小切手法33条において、振出し後にこのような事態になっても小切手の効力に影響がないと定められている。ここはタイと日本では異なるので、振出人の死亡、破産などについては特に注意を払う必要がある。要は小切手を受取ったら即座に呈示、現金化することが大事ということである。

4. 先日付小切手

それから、重要なこととして先日付小切手の問題がある。先日付とは、振出日を1ヶ月先とか将来の日付にすることである。日本の場合は、小切手は「一覧払い」という小切手の原則から小切手法28条において、一覧払に反する記載はできないことと、振出日として記載された日の前に呈示された小切手も銀行に支払い義務があることが定められてる。 

タイの場合は日本と異なり、民商法典には明確な規定はないが、慣習的に日付前には支払わないことになっている。従って、約束手形のような役割を持たせることができ、先日付小切手は広く利用されているのである。

5.不渡小切手

 小切手を銀行に呈示しても支払いに十分な預金がなければ不渡りとなる。タイ語ではチェック・デーングと呼ばれている。日本では手形も小切手も6ヶ月以内に2度不渡りを出した振出人または引受人(最終支払い義務者)は手形交換所規則により2年間銀行取引停止という処分が行われることになっている。 

これは法律ではなく交換所の規則によるもので参加銀行を拘束するだけであるが、銀行からの資金に大きく頼っている日本の場合、取引停止となれば事実上倒産ということになる厳しい制裁である。また、それにより手形、小切手が安全な決済手段として広く使用されているのである。 

一方、タイには日本のような取引停止処分という規則はないが、別に「1991 年小切手の使用違反に関する法律(1954 年法を改訂したもの)」という法律があり、その4条において不渡りを出した者は6万バーツ以下の罰金もしくは1年以下の懲役、または両方が科されると規定されている。ただし、5条において和解することが可能となっているので、いわば親告罪である。また、身柄を警察等に拘束された場合、不渡り金額の3分の1を超えない額の保釈金を積めば保釈される規定となっている(6条)。いずれにしても刑事罰を科されるのであるから、小切手の振出には当座預金の金額、つまり資金繰りをよく確かめて振出すことが重要となってくる。

6.金額の記入方法

金額は改ざんを防ぐために通常文字で金額を記入し、更に下の方に数字で金額を記入するようになっているが、これはよく間違いを起こすので、署名者は文字と数字が一致しているかよく確かめなければならない。日本の場合は小切手法9条において、一致しない場合は文字による金額を正しいものとする規定となっている。タイの場合も民商法典総則12条で一般的に文字の方が正しいとすることが規定されており、小切手の実務においてもそのように解されているので注意したい。

(おわり)