タイの社会保険法の概要

タイの社会保険法の概要

2021年10月6日元田時男

 

1.はじめに(タイの社会保障制度の概略)

(1)タイも産業高度化に伴い、労働者の社会保障についても制度化がすすめられ、健康保険を含む「社会保険法」は1954年に制定されたが、その後急変した産業構造、労働制度の変化に伴い、当初の社会保険法を廃止して1990年に「1990年社会保険法」が制定されている。その後も状況の変化に合わせて、1994年、1999年に改正され、さらに2015年には多数の条文が改正されて現在に至っている。

(2)社会保障の面では、労働安全衛生に関する法律が「2011年労働安全衛生環境法」として制定され、「社会保険法」が労災以外の疾病等に適用されるのに対し、労災をカバーする保険として「1994年労働災害補償法」が制定されている。この法律は、労働行政が内務省労働局の管轄であった時代の制度を新しくしたものである。

(3)老後の生活を支える年金については、社会保険法に年金が含まれているほか、労働者と雇用主とが任意に設立し、両者が拠出金を負担するプロビデントファンド法の制度があるが、ほかに農民、非正規労働者など(屋台、商店等)社会保険やプロビデントファンドに加入していない者の老後の年金受給権者を広げ、将来的には国民皆年金を実現することを目的として、2011年国民貯蓄基金法(National Saving Fund Act 2011, NSFと略称)が制定されている。拠出金(保険料)は本人が負担するほか、政府が国家予算から拠出し、本人が60歳に到達したときから、基金から本人に年金を一生給付する制度となっている。ただし、加入者の資格はタイ国籍者、上述の社会保険法、プロビデントファンド、公務員等の年金制度未加入者に限られているので日系企業の責任者としては、このような制度があることを知っておこことも大事である。

 

2.タイの社会保険法のあらまし

(1)本資料利用上の注意事項

後述の通り、勅令、省令、告示などにより、また、新型コロナ(COVID-19)に伴う臨時措置などもあり、最近頻繁に内容が変更されているので、本稿では社会保険法に基づいて概要のみ紹介するので、具体的な事項については「社会保険事務局」で詳細確認して実行されたい。本法は1994年、1999年、2015年(大改正)、2017年に改正されている。

 

(2)加入者が義務付けられる労働者の人数

国籍に関係なく1名以上の労働者を有する雇用主は加入が義務付けられている。加入義務は段階的に定められてきており最初は20人以上であったが(法103条)それが10人以上と拡大され、最後に2002年4月1日から1名以上が強制加入となった。

労働者保護法により雇用が可能となる満15歳以上で、満60歳までであるが、満60歳を超えても雇用関係が続けば引続き加入できる(法33条第2項)。

 

(3)保険料納付、給付

以下のように三つに区分され、区分ごとに、本人、雇用主、政府の保険料が定められ、給付については再分類について定められている。

イ:傷害疾病、出産、障害、死亡

ロ:子女扶養補助、老齢年金

ハ:失業保険

 

(4)保険料

経済情勢、社会情勢などにより、頻繁に変更されるので、社会保険事務局に問い合わせること。

保険料金額は、本人と雇用主が同額を、本人の月当たり平均賃金(計算方法は法46条に基づき、省令で定められている)に対する割合で区分ごとに定められている。また、政府の負担分も、本人、雇用主とは別の割合で、同じく省令により定められている。

 

(5)給付を受ける資格、給付内容と金額

各区分の再分類により以下のように定められている。

イ:傷害疾病、出産、障害、死亡

*傷害疾病

医療を受けた日以前の15か月以内に、3か月以上保険料を納付している場合、給付を受ける資格がある。

治療費、薬代等のほか休業補償(障害疾病療養のため休業中に支払われなかった賃金相当額)も、賃金の50%が医療委員会の決定に基づく期間支給される(63条第3項、第64条第2項)。

*出産

医師の診察を受けた日以前の15か月以内に5か月以上保険料を納付している場合、給付を受ける資格がある。

診察費、出産日、入院費など医療委員会の基準、率に基づき支給される(第66条)。また、休業補償金として平均賃金の50%が90日支給される(第67条)。

*障害

障害者となる前の15か月以内に3か月以上保険料を納付している場合、給付を受ける資格がある。

治療費、入院費などのほか身体、精神のリハビリ費などが医療委員会の基準により平均賃金の最高50%までが支給される(法71条)。また体の器官喪失など容体が重い場合についても、別途定められている(法第71条第2項)。

*死亡

死亡前の6か月以内に1か月以上保険料を納付している場合、労働者保護法に基づく1日当たり最低賃金の最高100倍までの葬儀代が支給されるほか、規定による見舞金が遺族に支給される(法第37条)。見舞金については、本人の遺書等がからみ、休業補償もからむ(法73/1条)。

ロ:子女扶養補助、老齢年金

*子女養育補助

権利が生ずる前の36か月以内に12か月以上保険料を納付している場合、給付を受ける資格がある(法第74条)。

給付の内容は、学費、病気治療費などで省令の定めに従う(法75条)。本人が障害者であった場合についても定められている(第75の2条)。

*老齢年金

継続しているか否かに関係なく180か月以上保険料を納付し、年齢が55歳に達している場合、省令の定めに従い「老齢年金」給付を受ける資格あり(第76条)。保険料納付期間が180か月に達していないが、死亡その他の原因で資格が切れている場合、老齢一時金を受給する資格がある。

ハ:失業保険

*失業給付

失業前15か月以内に6か月以上保険料を納付し、さらに以下の二つの条件を満たせば、失業保険の給付を受けるしかくがある(法第78条)。

1)労働の能力があり、政府の訓練所で毎月1回以上訓練を受けること。

2)職務上に不正をおかし、または雇用主に対して故意に規則違反を犯し損害を与えたなどの重大な違反行為犯したなどの理由で解雇されたのではないこと。

3)老齢年金、一時金の受給者でないこと。

失業の日から8日目から省令で定められた基準と率により給付をうけることができる(法第79条)

 

(おわり)